主に取り組んできた製品領域

私は、公共交通システムから日用的な衛生用品にいたるまで、様々なモノをデザインしてきましたが、最も多く手がけてきたのは、業務用機器の領域です。

公共の場で不特定多数のお客様が使用する機器、各種現場で生産やサービスに使用される機器、医療や研究の場で専門職の方が使用する機器。

あらゆる産業を支えているそれら業務用機器は、「信頼性」と「安全性」そして「使い勝手」がシビアに問われる領域です。

私はそこに、依頼主(メーカー)様ごとに異なる「造り勝手(コスト)」と「売り勝手(マーケティング)」を配慮することで、美しくバランスの取れた製品を世の中に送り出すお手伝いをしてきました。

とりわけ、分野ごとに異なるエンジニアリング要素の理解少〜中量生産製品の筐体設計には、豊富な経験と知識に裏付けされた自信があります。

 

近年ではその領域を、潜水艇というさらにニッチな分野にまで広げ、唯一無二のスタンスを目指しています。

デザインプロセス 〜心がけていること〜

私のデザインプロセスは、先ず、開発が予定されている商品企画の意図を知り、果たすべき役割や運用環境を深く理解することから始まります。

 

そして、メカ設計者はもちろんのこと、電気・ソフトの各エンジニアとも対話を重ねながら、可能な限り開発の初期段階で、製品の「あるべき姿」を、1〜複数案の「コンセプトデザイン」として、3D CAD空間上に作成します。

 

・・・ そういう場所で、そういう人が、そういう作業をするための機器であれば、操作系はここに持ってきて、全体をこんな感じのプロポーションにまとめて、何ならこんな機能も付加するといいんじゃないかな ? ・・・

 

内部の主要要素の概略配置まで含んだその「コンセプトデザイン」は、単なる外観提案ではなく、プロジェクトに関わる全ての人が共通のイメージを見ながら協議するための「叩き台」として機能します。

 

私がプロジェクト前半のフェイズから開発コミットするのは、営業・製造・保守といった各部門の視点も取り入れながら、全体最適を図るためのファシリテーター的な役割を担うことも、プロダクトデザイナーの大切な役割のひとつだと考えているからです。

 

内部構造まで可視化できるリアルな3D CADモデルを、設計の進捗に応じて常にアップデートしていくことにより、関係者全員が開発中製品の最新イメージを共有でき、部署を超えて対等に意見を交わせるという理想的な開発環境の醸成を促します

 

そのようにして、「コンセプトデザイン」は様々な目に晒されることで切磋琢磨され、最終的な製品デザインへとブラッシュアップされてゆきます。

 

私の場合、外観に表れる部分については、終始、実現可能性を意識しながらデザインを進めてゆきます。

板金であれば、実際に製作にあたる協力会社の設備やスキルを事前にお聞きして、無理のないR加工や溶接技術の範囲内で造形を詰めてゆきます。

樹脂成形であれば、生産台数や使用状況に最も適した成形方法をご提案すると共に、その成形方法に求められる設計要件を絶えず頭に置きながら、最終的な詳細デザイン(リブやボスなど内側の設計も含む)へと進んでゆきます。

従って、成果物としてお納めするデザインデータは、そのまま製造工程に移行できるレベルのものとなります。

 

3D CAD画面上で合意が得られたデザインは試作へと回され、そこで初めて手で触れることのできる「物質」として、「理想的な商品たり得るか」が厳しくチェックされます。

場合によっては何回も設計変更が行われ、その度にデザイン修正が必要となることもありますが、私はそれらへの対応にとどまらず、その商品が市場に出てエンドユーザーからのフィードバックが得られるまでが自分の仕事だと考えています。

 

このように、製品の「あり方」構想し、共有し、実現してゆく開発プロセス全体に寄り添う存在であろうと、私は心がけています。

 

勿論、電気やメカを伴わない小規模なプロダクトの開発も喜んでお手伝いさせていただきます。

プロフィール

1980年、東京藝術大学美術学部デザイン科 卒業。

 

プロダクトデザイナーとして、音響機器メーカー(パイオニア株式会社)およびデザイン事務所(株式会社 シー・エフ・アイ)にて、通算300種類以上の製品デザインに携わる。
担当製品のグッドデザイン賞受賞16回(うち産業機器部門大賞2回受賞)。

 

1996年、株式会社マースエンジニアリング(現・株式会社マースグループホールディングス 東証6419)からのヘッドハンティングにより、同社デザイン室長に就任。

社長直轄組織のプレーイングマネージャーとして、グループ企業各社の製品およびサービスのデザインから、ブランドイメージコントロールまで、幅広い業務に携わる。
2016年退職。

 

2005年、インハウスデザイナーを続けながら、クリエイティブユニット Studio BIWAHOUSE(後にBIWAHOUSE)を立ち上げ、プロダクトデザインのみならずアート領域にまで活動の幅を広げる。

( アート領域での実績はこちら → https://miuraori-biwayumiko.jimdofree.com/ )

  

2023年、個人事業だった BIWAHOUSE を法人化し、合同会社 BIWAPLUS に商号変更。
現在に至る。